「着物」──この深遠なるケモノ道に、酸いも甘いも味わい尽くした(嘘)、40代独身女性がひょんなことから迷い込み……。
 昨今は若い方々の間でずいぶんとむかし着物なんてのが盛り上がってるようですが、そちらとは一線を画すオトナ?の趣味の着物ライフ(入門編)に肉迫!?
「ご用とお急ぎでない方だけ(←強調)お立ち寄り下さい」とは著者本人の弁ですが。

TEXT by 松嶋ヤヨイ


12.祇園血風編

 買い物というのは疲れる。ましてそれが高額ならなおさらだ。呆然と二人で祇園のうどんやでてんぷらうどんをすすっていると、そこに昨夜のギャラリー夫妻と娘さんが偶然現れて大笑い。結局人間国宝ですわ、と報告すると、あとでお茶でも、ということになった。私はその前に、花見小路のCで草履を買わねばならない。下駄では南座に入れないんである。井上流の京舞を習っているという娘さんによると、彼女でもCの草履は自慢なんだそうだ。といっても彼女の場合、楽屋草履だそうだが。
 Cの草履は、去年Yさんにつき合って見ているのでだいたいわかっている。バリエーションが少なく、エナメルで白の台に色の鼻緒か、台と鼻緒が同じ色のタイプかくらいの選択だ。値段も2万円からと、ばかに高いものでもない。京好みで台が少し低いのがいいと思っていた。さして迷わずに、これはコンサバな白の台に臙脂の鼻緒のにする。あんまり決定が早いので、迎えに来たギャラリーの奥さんが驚いている。ご一家おすすめの木屋町の喫茶店でコーヒーをいただき、いよいよ本来の目的、南座の顔見世に出陣。買ったばかりの草履の鼻緒がきついが、舞台であのお方の富樫が待っている。しばし恐怖の大散財のことも忘れ、勧進帳のすんばらしー舞台に酔う。
 幕間のロビーは、さながら着物のファッションショー。歌舞伎座よりも和服率は高い。しかし東京との如実な違いはなんといっても衣紋(えもん)の抜き方(うしろえりの開け方)だ。玄人衆も多いのだろうが、フツーのおばさんぽい人も、また数は少ないが紬の着物でも、東京の2割増しで抜いてるぜ。やっぱりなにかと着なれているんだろうな。初心者の私はやっぱり衿が詰まってしまう。今回は男物の大島だし、それでもいいんだろうが、ちょっと恥ずかしい。でもさすがに町中で感じるような、無遠慮な視線は劇場では感じなかった。頼むからほほえましく見逃してほしいもんである。腹ん中でどう思っててもいいからさ。
 劇場を出ると本降りになっていた。しかし京都のタクシーはワンメーターでもイヤな顔をしないのがいい。木屋町三条のおばんざいやで食事して、またタクシーで芝居のチケットを取ってもらっているマスターのいる祇園新橋のバーへ。すでに相当できあがっているYさんは、「ねえ、さっきのあの帯、いいわよね、いいわよね」としつこくからむ。「いや、いいと思いますよー、私の金じゃないし」と冷たくあしらうと、「あの着物にも合うけどなんにでも合うわよね!」と、さらにしつこい。「あーはいはい、いま着てるのにも合うと思いますよ」「そうよね! 決して悪い買い物じゃないわよね!」…恐るべし、Yさんにしてやはりびびっていたのか…。そういえば、さっき中村鴈治郎が出てきたとき、「人間国宝…」とささやくと、ハゲシク反応してたっけ。でもまあ、来春沖縄に行く予定があるというが、沖縄では暴れるんじゃないよ、と諭しておく。
 半日新しい草履で過ごして、日付の変わる頃にはだいぶ足が痛んできた。雨もあがったので、祇園から河原町のホテルまで歩いて帰ったが、部屋で草履を脱いでぎょっ! 足袋に血がにじんでいるではないか。あわてて足袋を脱ぐと、内側の鼻緒のところが靴擦れ状にすりむけている。痛いわけだよ。Cのオヤジ、これくらいでちょうどいいんですよとガンコに主張していたが、すりむけてどうする! 明日持ち込んでゆるめてもらおっと。

(更新:2003-09-24-WED)


Profile 松嶋ヤヨイ(まつしま・やよい)

夫なし子なし。ゆえに?「仕事以外の人生はすべてひまつぶし」であると言い切る、40代♀。「最近芝居と着物に目覚め、充実したひまつぶしを送っている」らしい。ちなみにうなぎは名古屋・蓬莱軒のひつまぶしに限る。



  COLUMN HOME

back number

2003-06-05-THU 01.高松立志編
2003-06-11-WED 02.青梅発掘編
2003-06-25-WED 03.早稲田再会編
2003-07-02-WED 04.浅草探訪編
2003-07-09-WED 05.西荻奮闘編
2003-07-24-WED 06.神楽坂御目見得編
2003-07-30-WED 07.銀座逍遥編
2003-08-13-WED 08.京都風雲編
2003-08-28-WED 09.四条苦悩編
2003-08-28-WED 10.清水驚愕編
2003-09-10-WED 11.四条陥落編